小学5年生の夏のこと。
 
 横断歩道を自転車で渡ろうと待っていたら、タクシーが止まってくれた。

 家まであと少しのその道路には、横断歩道はあるのに信号がなかった。

 塾の帰り道、私はそんなに急いでなかったけど、タクシーの小父さんに頭を下げて、横断歩道を渡った。

 その瞬間、私は空を飛んでいた。

 轢かれたのだとすぐにわかった。

 空が青かったことを憶えている。

 怪我するといやだなとか、自転車の末路がとても気になった。

 ものすごく長く感じた時間の後、地面に叩きつけられた。

 体中が痛かった、でも平気なような気もした。

 近所の奥さんたちが出てきたけれど、誰も倒れている私を助けてはくれなかった。

 仕方がないので自分で起きた。

 横断歩道から一メートルぐらい飛んでいた。

 立ち上がると、バイクと人が目の前に転がっていた。

 私は何故かその人に頭を下げた。

 その人はそのままバイクでいなくなってしまった。

 これは轢き逃げかなと思って驚いた。

 スクラップになった自転車をひきずって、人ごみをかき分けると、「大丈夫なのかしら」というおばさんたちの声が聞こえた。

 大丈夫じゃないよと思ったけど、家まであと少しだし、元自転車をひきずった。

 自転車の残骸は思ったよりも重かった。

 人ごみの最後尾を抜けると、パパがいた。

「なにしてるの」

「人が轢かれたって聞いたから見に来たんだ。お前こそどうしたのよ」

 お父さん、それはあなたの娘です。

 タクシーの小父さんが警察に連絡したので、犯人は2時間後に捕まったそうだ。

 相手は無免許の16歳。

 友達のバイクを借りてのことだったらしい。

 私の怪我は切り傷と擦り傷と全身打撲だったけど、病院では検査もなく、傷口を消毒されただけで終わった。

 20年近くかかってわかったことだけど、私の骨はこのときの衝撃で全身ずれているらしい。

 夏の青い空を見ると、あの時のことを痛みと共に思い出す。




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